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広島高等裁判所岡山支部 昭和53年(行コ)2号 判決 1980年10月21日

控訴人 小椋重男

被控訴人 環境庁長官

代理人 岡崎耕三 杉本肇 宮都宮猛 工藤真義 青井好博 ほか三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。(主位的請求)昭和四四年四月一〇日厚生大臣が、自然公園法一〇条二項に基づき厚生省告示第九五号をもつて岡山県苫田郡阿波村を氷ノ山、後山、那岐山国定公園に指定した処分及び同法一七条一項に基づき同省告示第九六号をもつて右阿波村内黒岩高原を特別地域に指定した処分、がいずれも無効であることを確認する。(予備的請求)右掲記の各処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張並びに証拠関係は、次に付加する外、原判決の事実摘示と同一である(但し、原判決二枚目裏七行目の「公園計画、事業」を「公園計画及び公園事業」と、同七枚目表二行目の<証拠略>を<証拠略>とそれぞれ改める。)から、これを引用する。

(控訴代理人の陳述)

本件各指定処分は控訴人の土地所有権に対し次のとおり制限ないし影響を与えるにもかかわらず、何らの補償を講じないでなされたものであるから、憲法二九条に違反して無効である。

1  まず、国定公園の指定を受けたことにより本件山林の価値が大幅に下落した。すなわち、国定公園の指定を受けると、樹木の伐採、道路の設置、地形の変更、建物の建築のすべてにわたつて、その旨の許可申請書を提出して許可を受けなければならないという複雑な制限を受けるから、自由に使用収益しうる土地と比較して、その価値が大幅に下落するのである。

2  次に、本件山林二〇〇ヘクタールのうち三〇ヘクタールは第一種特別地域の指定を受けているところ、第一種特別地域というのは、特別保護地区に準ずる景観を有し、特別地域のうちでは風致を維持する必要性が最も高い地域であつて、現在の景観を極力保護することが必要な地域のことである。したがつて控訴人が収益をあげるため、現在の景観を成している茅原に植林しようとしても、恐らく不許可になつて、控訴人は多大の損失を蒙ることになる。

3  仮に、特別地域の指定処分によつては土地の使用収益に関する事実行為が禁止されるにすぎず、しかもその禁止は許可処分によつて解除される可能性があるとしても、現実の許可申請手続は極めて複雑であり、多大の労力、費用及び長期間を要するのであるから、このことからすると、所有権が全面的に制限されているのと同一である。

(被控訴代理人の陳述)

すべて争う。

(証拠関係)<略>

理由

一  当裁判所も控訴人の国定公園指定処分の無効確認及び取消しを求める訴は不適法として却下すべきであり、国定公園内特別地域指定処分の無効確認及び取消しを求める請求は理由がないから棄却すべきものと判断するのであるが、その理由は、次に付加する外、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。

二  控訴人は、当審において国定公園の指定を受けたことにより本件山林の価値が大幅に下落した旨主張するところ、これが認められるならば本件国定公園指定処分の無効確認ないし取消を求める訴についてその利益を肯定すべきではないかとの疑問が生ずる。しかし、前記引用にかかる原判決が認定した、同指定に伴う法律上の制約内容から見て、同指定自体によつて土地所有権の価値が影響を受けるとは到底考えられず、この点に関する、控訴人本人の供述は信用することができない。

したがつて、本件国定公園指定処分の無効確認ないしその取消しを求める訴については利益を欠くという結論に変りはない。

三  そこで次に、控訴人が本件特別地域指定処分の違法事由として当審で主張するところについて順次検討する。

1  まず本件特別地域指定によつて本件山林の価値が大幅に下落したかどうかであるが、仮にそのような事実があるとしても、それは結局のところ土地所有者の意図する使用収益方法が法一七条三項により制約を受けることから生ずるものに外ならない。そして土地所有者がこの制約の解除を得られないか不完全にしか得られないことによつて、すなわち法一七条三項の許可を得ることができないか法一九条の規定により許可に条件が付されるかすることによつて損失を蒙つた場合には、法三五条により通常生ずべき損失の補償を求められるのであるから、法は土地所有者に対し損失の発生が具体化した段階においてその補償の途を用意しているのであり、本件特別地域指定が行なわれたというだけでは右の段階に至つているということはできない。そうであるとすれば、法が特別地域の指定それ自体による損失の補償を考慮していないからといつて憲法二九条に違反するものとはいえず、したがつて本件特別地域指定処分に違法があるということはできない。

2  次に本件山林のうち三〇ヘクタールが第一種特別地域の指定を受けていることによつて、茅原である現在の景観を変更することになる植林について許可が得られず損失を蒙るとの点について。

控訴人の主張するような土地使用方法ができないことによつて現実に損失が生ずるのであれば、それは正しく法三五条による補償の対象となり得るのであるから、控訴人の主張するところは、本件特別地域指定処分を違法ならしめるものということはできない。

3  最後に、法一七条三項の許可申請手続が極めて複雑であり、多大の労力、費用及び長期間を要するので、所有権が全面的に制限されるのと同一であるとの点について。

この点に関しては控訴人本人の供述の外に十分な証拠がなく、同供述も直ちに信用することができない。もつとも法一七条三項の許可申請手続に労力、費用及び期間を全く要しないとはいえないにしても、法の目的である「すぐれた自然の風景地を保護する」ことは国民全体の利益というべきであるから、許可申請手続上多少の不利不便はあつても、これを忍ぶことは土地所有者としてやむを得ないものという外ない。しかし、そのことの故に所有権が制限を受けていると見ることは到底無理であり、したがつて、本件特別地域指定処分が違法であるということはできない。

四  そうすると、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却すべきものとし、控訴費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 福間佐昭 喜多村治雄 下江一成)

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